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共生社会の実現に向けた課題

「ノーマライゼーション障害者の福祉」2008年4月号共生社会の実現に向けた課題

宗澤忠雄

昨年12月に明らかにされた「後期重点施策実施5か年計画」は、各省庁における領域ごとのきめ細やかで具体的な施策目標を打ち出している点で、前期計画と比較して大いに評価でき、障害者基本計画全体の推進に向けた意気込みを感じさせられるものである。

そのことを前提にした上で、この「後期重点施策」の柱となる「共生社会」の実現に向けた課題について指摘したいと考える。

平成15~19年度の「前期5か年計画」の間、「構造改革」に由来する「痛み」は、格差の拡大や生活保護「餓死」事件に象徴されるセーフティネットの解体等のかたちで明るみに出てきたし、障害者自立支援法の施行による地域の混乱は枚挙に暇がないほどの実態にある。そこでまず、後期5か年計画に求められることは、暮らしの不安と地域支援システムの不安定化を払拭するための「重点施策」がどこにあるのかを明確に提示すべきことにあるということができる。

さまざまな施策が具体性をもつことは評価するとしても、それらが羅列されたままでは「共生社会」の実現はおぼつかない。とりわけ、障害者自立支援法に基づく新サービス体系は、当事者・事業者・自治体にとって活用経験に乏しいという事実を含めたとき、後期重点施策に並べられた施策からイメージされる当事者サイドの受け止め方は、次のようなものではないだろうか。

それは恰(あたか)も、携帯電話の多様なサービス機能と料金プランのようであり、さまざまな施策・サービスを前に、自分の懐具合を心配しながら、自分なりの生活に利する「カスタマイズ」をしなければならない。そして、この点で難しさを覚えるのであれば、地域の相談支援事業を活用しなさい、というものである。

このような施策・サービスの活用のあり方自体を、筆者は全面否定するものではない。しかし、このような活用が「共生社会」の実現に向けて有効に機能するためには、いくつかの前提条件があり、それらの条件整備に万全を期することが重要であると考える。

その一つは、障害のある人の中には、自立に向けての判断や契約締結能力に社会的支援を要する人たちが多数存在する点についてである。ここでは、重点施策にいう権利擁護と成年後見制度の利用促進が必要であるが、これらが進捗しない原因には十分に眼を向けていないのではないか。筆者がさいたま市内で実施した「障害者虐待」に関する調査では19ケースの「経済的虐待」が捕捉されたが、これらのほとんどは生活困窮によって制度利用に伴う経済的負担に耐え切れない傾向性が明らかなっている(注)。

福祉サービス利用援助事業や成年後見制度の利用は、今日の施策構造を機能させるためには不可欠であるし、障害のある人の権利を守る土台である。これらについては、無料化または思い切った低負担化を推進するとともに、国家後見制度の創設の検討を明示すべきである。

二つ目は、地域社会における「共生」を目標とするならば、所得・医療・住まいという生活基盤についての抜本的で明確な施策の提示が必要である。たとえば、グループホームやケアホームの目標数値は、都道府県障害福祉計画の見込量の合計値と言うが、これは国が市町村に提示したワークシートによる数値を機械的に合算したような代物であって、地域の実情からは程遠い。実際、都市部の地価の高い地域では、これらの補助額の低い事業への参入に二の足を踏む状態が続いている。ここのままでは、ホームレスの増大と「入所施設」への依存を反動的に強化することに帰着しかねないと心配するのは、筆者だけではなかろう。

三つ目は、相談支援事業と地域自立支援協議会に関する課題である。多様な施策・サービスを活用し自立した地域生活を実現するためには、それぞれの人にふさわしい個別支援計画の策定と実施が必要であることはいうまでもない。ところが、地域というオープンスペースを舞台とする多様なニーズへの相談支援の充実には、人員配置と拠点施設の整備拡充が必要不可欠であるものの、これらの現状の点検に基づく国のバックアップの拡充には全く触れていない。ここで、ネットワークの機能強化は、予算拡充による社会資源の整備・開発の代替には決してならないことを指摘しておきたい。

四つ目には、一昨年末に国連で採択された「障害者の権利条約」の提示する包括的な権利保障の実質化に関して、暮らしの中の人権をめぐる具体的課題に迫るべき点がある。たとえば、高齢者虐待防止法の附則には障害者の虐待防止に向けた速やかな検討と必要な措置が、障害者自立支援法の第2条には市町村の責務としての虐待の防止と支援がそれぞれ明記されているが、これらの具体化に向けた法制度の整備や地域支援システムの課題には言及がない。精神障害領域では歴史的な経緯から措置の仕組みがないため、自治体には権利擁護の必要から積極的な介入と保護をする手立てさえ皆無であるなど、虐待という通常の個別支援計画策定とは異なる相談支援システムの構築については、重要な課題が山積みである。

最後に、施策の羅列的性格を生む問題の本質についてである。さまざまな省庁の施策が羅列して束ねられさえすれば「共生社会」が実現するなどということはあり得ない。ここに欠如しているのは、わが国の労働と暮らしに関する文化的刷新の視点である。構造改革によって揺らぎを深めた暮らしの現実に対してふさわしい内容をもつ、国民の生活文化についての明確な将来ビジョンを提示することが強く求められる。

(むねさわただお埼玉大学教育学部准教授)

(注)拙著:成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告、2008年1月、やどかり出版

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